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食文化学科の記事一覧

食文化学科


2019年3月15日
梅花女子大学澤山記念館にて、卒業式が挙行されました。

卒業生のみなさん、改めてになりますが、
本当におめでとうございます。
お天気にも恵まれ、とっても素敵な卒業式となりましたことを、
食文化学科教員一同、大変うれしく感じています。
20190315 (1)

20190315 (2)

みなさんの未来が、夢と希望に満ちたものでありますように。
そしていつでも「笑顔」を忘れずにね。

2019/3/19

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みなさま
こんにちは、関野です。
春休み、いかがお過ごしですか。
牡蠣を求めて兵庫県たつの市室津に行きました。
室津は1300年の歴史を持つ天然の良港。
2019.3 牡蠣三昧①

たくさんの人々が牡蠣をむき身にしていました。
海の岩から「かきおとす」から「カキ」と呼ばれ、
世界各地の沿岸地域で養殖されています。

牡蠣の水揚げ量は広島県、宮城県、岡山県、ここ兵庫県が4位で、
瀬戸内海沿岸の相生市、赤穂市、たつの市、姫路市など。
2019.3 牡蠣三昧②
牡蠣のすき焼き、牡蠣フライ、牡蠣サラダ、
牡蠣の巻きずし、牡蠣のオードブル、牡蠣の茶わん蒸し、牡蠣の味噌汁。
1回の食事で合計14個の牡蠣を食べつくしました、初めての経験です。

牡蠣は「海のミルク」と呼ばれ栄養素が豊富。
無機質の鉄・銅を多く含み貧血予防に有効。
亜鉛の含有量が食品随一で味覚障害の予防に必須です。
2019.3 牡蠣三昧③
道路沿いにうるめいわしを干していました、
お土産で購入し、軽く焼き美味しくいただきました。
2019.3 牡蠣三昧④
上写真は豪商「魚屋」を改修してできた民族資料館。
江戸時代に苗字帯刀を許され、姫路藩の御用達をつとめた豪商の遺構です。
大型町家で、吊り上げ式二重戸・隠し階段があり他の町家にはありません。
2019.3 牡蠣三昧⑤
海駅館は近世から廻船問屋として活躍した豪商嶋屋半四郎が
江戸後期に建てた遺構。
海の宿駅として栄えた室津の歴史を廻船、参勤交代、
江戸参府、朝鮮通信使の4テーマで展示。

廻船:中世から船での商品輸送が盛んで、
江戸時代になると西回り航路の発達で廻船問屋の活動は北海道にまで及んだ。
参勤交代:1635年参勤交代が制度化。西国大名は瀬戸内海を船で江戸に向かい、
参勤コースに当たる室津は大名の上陸・乗船地点で海の宿駅として繁栄。
江戸参府:江戸時代オランダは長崎出島で通商を許され、
商館長は通商免許のお礼に毎年将軍に拝礼、これを江戸参府という。
このとき室津港を利用し、シーボルトも参府に同行し植物、動物など
日本を詳細に調べた。
朝鮮通信使:朝鮮王国の親書を将軍に持参した使節団、一行は500人前後で
大船団、大行列を作り江戸へ。このとき室津港に寄港した(パンフレットより)。

明治になると参勤交代、江戸参府、朝鮮通信使が無くなり、
鉄道・道路が内陸部に敷かれたため室津は急速に衰退しました。

資料によると伊能忠敬、与謝蕪村、シーボルト、竹久夢二、谷崎潤一郎、柳田國男、
遠藤周作、司馬遼太郎などが訪問し室津が魅力ある場所であったことが分かります。

今は昔の歴史・遺構、風光明媚な漁村、牡蠣を求める観光地になっています、
みなさんも一度牡蠣を味わいに行ってください。

2019/3/18

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みなさま、こんにちは、関野です。
京都宮津の北前船資料館に行きました。
2019.3 京都北前船①
宮津は江戸・明治の日本経済を支えた
日本海沿岸航路北前船の丹後・但馬の拠点の地。
丹後・但馬の拠点は宮津のほかに舞鶴・久美浜・竹野がありました。
2019.3 京都北前船②
若狭湾に注ぐ大河、由良川の領域には縄文時代の遺跡がかなり分布し
古くから人々が川と関わりながら生活していました。

川の勾配が緩く川船の行き来に適し舟運が大いに栄え
江戸時代から明治に至るまで河口の由良は由良川水運の港として栄えました。
明治時代の由良の船頭の航海日誌では、丹後・若狭から越後・出羽間を往復し、
そうめんや木綿、雑貨などを輸送していたと記録されています(パンフレットより)。

北前船は、江戸時代後半から明治時代中頃まで主に、
日本海側から瀬戸内海周辺を航路とした商船で、
江戸・明治の日本経済を支えました。
2019.3 京都北前船③
由良は森鴎外の「山椒大夫」の舞台で、「安寿と厨子王」は京都北部の民話。
筑紫の国に流された父を訪ねて母とともに越後を旅だった姉弟が安寿と厨子王。
旅の途中で人買いにさらわれた母は佐渡ヶ島へ、
安寿と厨子王はここ丹後由良の山椒大夫へ売られました。
“安寿と厨子王をまるごと巡る観光MAP”を参考に
由良川をブラブラ散歩することができます。

北前船巡りをすると北前船以外のいろいろな事を知ることができ
楽しい巡り旅です。

2019/3/7

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みなさん、こんにちは、関野です。
南北大東島の第2弾です。
*****
① 南大東島 ラム酒と地方気象台

2019.2 ブログ南北大東島⑨
上の写真はサトウキビの茎を絞っているところで、
ラム酒はこのサトウキビを原料に蒸留熟成した酒です。
このラム酒会社は島のサトウキビでもラム酒が造れるのではと思い始めた、
2004年に設立した若い会社。
会社は旧南大東島空港の跡地と建物を利用しています。
2019.2 ブログ南北大東島⑩
天気予報に出てくる南大東島地方気象台。
国土を囲む広大な海は気象に大きな影響を与えるため、
離島の気象観測は重要。
以前は50名が仕事をしていましたが、今は機械化で17名。
2019.2 ブログ南北大東島⑪
定点観測所は世界中に800か所、日本に16か所ありその1ツ。
朝と夜に全世界同時観測で、朝は9時が観測時間と決められています。
少し早く8時半に屋上から観測「ラジオゾンデ(バルーン)」を空へ打ちあげます。

このラジオゾンデでの高速気象観測は、気温、気圧、湿度、風向、風速などを
上昇しながら測定し、仕事が終了すればほとんどが海に落下する。
ラジオゾンデは使い捨てで1回30,000円ほどの費用だそうです。

② 北大東島 燐鉱石事業
2019.2 ブログ南北大東島⑫
上写真はサンゴ石灰岩で造られた燐(リン)鉱石貯蔵庫、
古代遺跡のような大規模な燐鉱石事業の跡地が広がっていました。
北大東島は土地を開拓しているとき、燐鉱石を発見し燐鉱採掘で活況を呈し
ここは燐鉱石採掘事業が主な産業になりました。

燐鉱石は鳥の糞、鳥の骨とサンゴの石灰質などが混ざり化学変化したもの。
肥料、火薬、アルミニウムの原料などになり、
最盛期には出稼ぎ労働者で人口がふくらみました。

1950年に閉山し、現在はサトウキビ、漁業、観光が主な産業です。
北大東島西岸には鳥のコロニーがあったと考えられていますが、
南大東島には燐鉱石はありません、鳥が来ていませんでした。

北大東島に鳥が来ている頃、
まだ南大東島は隆起していなくて陸地が顔を出していなかった説があります。

アホウドリで玉置半右衛門が巨万の富を得たため
ゴールドラッシュならぬバードラッシュが日本沿岸に広がり
島に日本の国標(こくひょう)を建て日本の領土が広がったそうです。

気象台に行きたくて南大東島へ行きましたが、
アホウドリ、燐鉱など話題満載で中高生時代にひと時戻りました。

2019/2/13

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みなさん、こんにちは、関野です。
大東諸島に属する北大東島、南大東島に行ってきました、
大東島の名前の島はありません。
沖縄本島から東に370kmほど離れたところに位置し
サンゴ礁が隆起した隆起環礁の島。

ここでは「おじゃりあり(よく来たネ)」「あばよい(さようなら)」と
八丈島の言葉で歓迎です。
2019.2 ブログ南北大東島①
これは、北大東島、南大東島共に無人島でしたが
八丈島出身の玉置半右衛門と彼に同行した23名の人々が島々を開拓したためです。

彼はジョン万次郎から鳥島のアホウドリの話を聞き鳥島の開墾の許可を得て
西洋で需要が大きいアホウドリの羽毛、肉、糞で巨万の富を得ました。

アホウドリの乱獲で絶滅の危機に瀕したのと
鳥島火山の大噴火で島からの撤退を余儀なくされました。
そこで、彼はアホウドリさがしと漁場開発を目指し1898年南大東島を発見し
1900年上陸開拓に着手、サトウキビ栽培の島として発展させました。
それから3年後1903年に北大東島へ上陸開拓(パンフレットより)。

ここは沖縄の他の島とは異なり八丈島と沖縄が融合した文化を持つ独特の島。

南北大東島は学校、警察、郵便など住民サービスは玉置半右衛門の玉置商会が行い、
紙幣も大東島(玉置)紙幣で支給した日本で唯一の企業植民地だったそうです、
企業植民地は初めて聞いた言葉です。
2019.2 ブログ南北大東島②
八丈島の“島寿司”がルーツの大東寿司。
サワラ・マグロをタレに漬け込み、甘酢めしで握ります。

左のトマトの上はパパイア、その上は柑橘類のシークワァーサーで島特産品ばかり。
どちらも甘くて美味しい。
大東そば(右)は縮れ太麺とあっさり味の和風だし、
具材は卵焼きと豚の角煮で相性も良く美味。
大東“そば”ですが“そば粉”は一切使用せず小麦粉のみ。
2019.2 ブログ南北大東島③
シークワァーサーが自生し鈴なりで実り、皆で味見をしました。
2019.2 ブログ南北大東島④
島の農家の耕地面積は平均9ヘクタールで大規模経営が確立しています。
家々は畑の周りに点在し台風よけに家の周りには大きな木を植え
地面を掘って建っています。
2019.2 ブログ南北大東島⑤
サトウキビ畑で毎年12~1月が収穫時期、ハーベスターで収穫。
サトウキビは寒くなると糖度が上がりこの糖度の関係で収穫時期が短い。
刈り取り後、株から新しい芽がでてきて5年ぐらい収穫できるそうです。
収穫時期は1日2交代制12時間労働。

働き方改革で12時間労働が禁止され、
TPPで補助金が廃止されると若者たちが農業から離れ
島々でのサトウキビ栽培は壊滅するそうです。
左上の松は琉球松で美しい、
人の手が入っていると思いましたが自然のままで人の手は入っていません。
2019.2 ブログ南北大東島⑥
上写真のビロウの群落が上陸したとき島々一面にあり
これらを開拓者たちは伐採し良質の建材として家を作り開墾しました。
今残っているビロウは天然記念物として大切に保護管理されています。
2019.2 ブログ南北大東島⑦
上写真の月桃(ゲットウ)はショウガ科多年草常緑草本で美しい花を咲かせます。
花は4月下旬の初夏から、季節を間違い白い花を一輪咲かせていました。
月桃には防菌、防カビ、抗酸化作用があり本土の笹の葉のように利用するのと
サトウキビの結束帯として使用していました。
今は結束帯には使用せず、
葉をハーブティー、化粧水、精油などにして販売しています。
2019.2 ブログ南北大東島⑧
北大東島空港から南大東島空港まで13km、飛行機で7分日本一短い路線、
パイロットは離陸から着陸まで非常に忙しい。
飛行機マニアには憧れのフライトだそうです。
*****
つづく

2019/2/5

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こんにちは、関野です。
冬休みを利用してニュージーランド(NZ)に行ってきた第2弾です。
*****

2)NZの自然
NZは鳥の国だそうです。
2019.1 NZ⑧
NZの固有種キーウイは国鳥で、
公園の飼育場で保護されている1羽を見ました。
森林、藪地で生育し、夜行性で昆虫の幼虫、ミミズ、果実などが好物。

写真は剥製で横の卵は親の体のわりに大きい、
これは祖先が大型の鳥で体だけが小型化したためと考えられています。
NZにはコウモリしか哺乳類はいませんでした、
そのため鳥の翼が退化。

先住民マオリ族がNZに来て大型鳥モアを食べつくし、
イギリスから来た人々は穴ウサギを持ち込み、
繁殖力が強く困った政府は穴ウサギを食べるイタチを導入しました。

イタチはウサギも食べますがそれより簡単な飛べない鳥を食べ絶滅の危機に追い込みました。
奄美大島のアマミクロウサギの話になぜか似ています。
今は森などに、ドブネズミ、オコジョ、穴ウサギ、イタチなどの駆除用の道具が置いてあり、
かなり効果を上げているそうです。
政府は2050年までにこれらがNZから姿を消すことを期待していますが難しそうです。
2019.1 NZ⑨
高さ60mのレッドウッド、アカマツの並木道を歩きました。
たくさんの種類のシダ類も一緒に生えています。
NZ航空の機体の模様、
否決されましたがNZの新しい国旗の模様にも採用されていました。
2019.1 NZ⑩
シダの渦巻き状の新芽は新しい生命の息吹とシダの形に変わることから、
力強いものの意味でアクセサリー、飾り物、
上写真の自転車止めのオブジェにもなっています。
可愛いでしょう。
2019.1 NZ⑪
フッカー谷から見たクック山ですがこの日は雨上がりで
クック山のすそ野しか見ることができません。

南島に位置するNZ最高峰の山で富士山と同じぐらいの標高3,764m。
正式名は「アラオキ/マウントクック」でアラオキはマオリ語で雲の峰の意味。
クックはNZを探索したイギリス人ジェームズ・クックから。

標高は低いが登頂難易度は非常に高く、
頂を目指すがその大半はできずに下山しているそうです。
標高2000メートル以上は氷河帯入り、
天候が変わりやすく整備された登山道が1本もないそうです。
2019.1 NZ⑫
南島のテカポ湖でミルキーブルーと呼ばれる湖の色。
写真の前に咲く青色の花はルピナス、昇り藤とも呼ばれている花。

NZのパンフレットにはいつもこの花が掲載されているので
NZを代表する花と思っていましたがイギリス人が庭に持ち込んだ外来種で
繁殖力が強く嫌われている花でした。

増えすぎたルピナスを毎年多額の税金で駆除しているそうですが、
植物の駆除は周りの環境を考えながらする必要がありかなり難しい。
2019.1 NZ⑬
マウンテンディジーが咲いていました。
NZの固有種の花は地味な花で白色と黄色が多い。
これは花粉を運ぶのが蝶ではなく夜行性の蛾で、
夜は白色と黄色が目立つため。
それと、花が進化していないからだそうです。
NZの蝶は26種類で蛾は1800種類もいるそうです。
2019.1 NZ⑭
世界自然遺産ミルフォードサウンドを歩きました。
珍しい苔が一杯生えている原生林の深い森と氷河が作った美しい入り江を楽しみました。
ここはフィヨルドで氷河による浸食作用で作られた複雑な地形の入り江、
サウンドは英語で川の氾濫によってできた地形を意味します。

発見時の人々の地理や言葉の知識が不足していたためサウンドと間違って名付けられた。
本当はミルフォードフィヨルドと命名する必要がありましたが、
慣れ親しんだ名前のために、変更はありません。
ニュージーランドオットセイが岩肌でゆっくり休んでいました。

自然が一杯なNZですが人間が入植したためそれまで生きていた動物が絶滅の危機に瀕し、
また気候変動が押し寄せ課題で一杯な国です。
国民と政府がいろいろ知恵を出し合ってこれ以上の被害から国を守っています。
日本も他人ごとではありません、我々も頑張りましょう。

2019/1/24

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こんにちは、関野です。
冬休みを利用してニュージーランド(NZ)に行ってきました。
NZの面積は日本の72%、人口は450万人程で、
NZ人は自分をキーウイと言うそうです。

1)NZの食文化
2019.1 NZ①
人口の7倍以上の羊がいます、
羊のシッポは生後すぐにゴム輪で縛り取ります。
これはシッポが糞で汚れるため感染症予防対策です。

山羊は寒さに弱く小屋が必要ですが、
羊は寒さに強いので夜を過ごす小屋を持っていません、
一日中放牧です。
ラム肉は生後12か月未満の羊の肉で羊特有の臭いもなく柔らかいので食べやすい。
NZの羊は人工飼料をエサとせず、放牧で育っているので農薬がなく安全です。
2019.1 NZ②
NZのシーフードの代表はマッスルで、これはムール貝の1種。
白ワインで蒸し唐辛子で味付けされ皆さんたくさん食べていました。
2019.1 NZ③
右の鍋はベニソンの煮込み料理。
ベニソンはシカ肉の事で高たんぱく低脂肪の健康食品、
メスの肉が柔らかく、2歳ごろのベニソンが一番おいしいらしい。
鹿牧場もあちこちにありました。

左がさつま芋の素揚げで軽く塩が振られクマラフライと言い
先住民マオリ語でクマラはさつま芋。
自然の甘さが口中に広がりイモ好きにはやめられない止まらない料理です。
写真は一人分でNZ人の食事量はかなり多いです。
2019.1 NZ④
パブロアはNZ発のスイーツでメレンゲを型に入れ焼き、
クリーム、アイスで飾ります。
サックとした食感が癖になりそうでした。
NZのスイーツは“どこまでも甘く”がポリシーだそうで甘かったです。
2019.1 NZ⑤
鮭は日本ではアトランティックサーモンを食べていますが、
NZはキングサーモンが養殖され食べられています。

キングサーモン養殖は氷河の冷たい水が最適で、
天然サーモンに近い状態で育てて美味しいサーモンができるそうです。
サーモン丼のサーモンは脂がのってトロのようでした、
この日本料理屋はNZ人で大盛況でした。
2019.1 NZ⑥
また、果樹栽培も盛んでブドウ農園でワインがたくさん作られています。
2019.1 NZ⑦

キウイフルーツ、桃、リンゴ、オレンジが最盛期。
*****
つづく

2019/1/17

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みなさま
こんにちは、関野です。
世界遺産大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)に行きました。
奥駈道は吉野と熊野をむすぶ大峯山を縦走する修験道の修行の道です。

大峯山「山上ヶ丘」は日本最初の山岳信仰の聖地として1300年の歴史を刻み、
今なお多くの修験者が山に入り修行に訪れている場所です(パンフレットより)。
大峯山天川(てんかわ)村洞川(どろかわ)温泉に泊まりました。

1)天川村特産うまいもの
2018.12 洞川温泉①
天川村特産のアマゴの塩焼き定食で、名水豆腐、手作りコンニャクなど。
水がうまいとなんでもうまい!がキャッチフレーズです。

2)前鬼・後鬼
洞川温泉の歴史も古く、
大峯山に参拝する行者をもてなす宿場として始まり、発展しました。
2018.12 洞川温泉②
宿の温泉湯船の横に前鬼(上写真ぜんき)・後鬼(ごき)が置かれていました。
前鬼・後鬼は修験道の開祖役小角(えんのおづの:役行者とも呼ばれる)が
したがえていた夫婦の鬼。

前鬼が夫の赤鬼で鉄斧を持ち役小角の前の道を斧で切り開き進み、
後鬼が妻の青鬼で水瓶を手にして役小角の後ろを歩き、
修行者たちの世話をしました。
後鬼だけこの場所にとどまり修行者たちの世話を後々までしていたそうで、
前鬼はのちに天狗になったとされています。

3)陀羅尼助(だらにすけ)
2018.12 洞川温泉③
修験道の開祖役小角は1300年前7世紀末疫病が大流行したときに、
山中に生えるキハダを煮てそのエキスで多くの人を助けたとされています。
このエキスは胃腸病、外傷など万病に効く薬で
その製法を役小角は後鬼に伝授しました。
これが和薬の元祖と言われる和漢胃腸薬「陀羅尼助」の起源だそうです。

4)ふたご座流星群
12月14日夜中23時半ごろ宿の外に出ました、
外は真っ暗、流星群を見るには最適な環境。
ふたご座流星群は三大流星群(ペルセウス座・ふたご座・しぶんぎ座)の一つで
条件が整うと1時間当たりの流星数が40個を超えるときがあるそうです。
残念ながら寒くて2個しか見ることができませんでしたが楽しい時間でした。

大阪から近い奈良県天川村は温泉よし・水よし・食事よし・もてなしよし。
みなさんも行ってください。

2018/12/26

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みなさん、こんにちは。
喫茶学演習3,4年生20名で、
大学からスクールバスに乗り一時間半ほどかけて
お茶で有名な和束町に行ってきました。
2018.12 茶畑①
到着すると早速茶畑が見え、
さらに上に登ると山一面に茶畑が広がっていました。
2018.12 茶畑②
まずは係りの山下さんから、
お茶の栽培方法等について、詳しくお話頂きました。
中でも一番驚いたことは、今年の新茶の最高価格です。
なんと、17万/kgだったそうで、想像もつきませんでした。
2018.12 茶畑③
2018.12 茶畑④
和束茶カフェでは、和束町で育てられたお茶を使ったアイス、
ふりかけなどが販売されていました。
2018.12 茶畑⑤
日本茶インストラクターの方から、
美味しいお茶の淹れ方を教えていただきました。
2018.12 茶畑⑥
たった3gの茶葉で、お湯の温度を変えて3回お茶を飲みました。
温度の違いで味も全く違っていて、
みんなは自分の好みの味を見つけられたようです。
2018.12 茶畑⑦
飲み終わったあとは茶葉をいただきました。
ポン酢をかけると、ほのかにお茶の香りがしてさらに美味しかったです。

茶畑の横を歩いたり、煎茶の美味しい入れ方を学んだり、
茶葉を食べたり初めての経験がたくさんでき楽しい研修でした。
ぜひ、みなさんも一度、和束町に行ってください。

2018/12/23

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こんにちは、関野です。
明治150年めぐりの続編です。
*****

2)明治創業の東京老舗グルメめぐり
①小田原 鈴廣かまぼこ博物館
2018.11明治ブログ⑪⑫
鈴廣は1865(慶応元年)年創業、小田原宿・箱根温泉の客に賞味され
参勤交代の武士などの食膳に上がっていました。
富士、丹沢山系からの伏流水と相模湾の豊かな魚が小田原のかまぼこを有名にしました。
鈴廣の前の道路は箱根駅伝で利用され、毎年選手たちが走っています。

②日本橋 やぶ久
2018.11明治ブログ⑬⑭
やぶ久は1902(明治35)年日本橋で創業したそば屋。
そばつゆは本かつお節を使った濃い目のつゆが伝統の味で関西とは違い濃い色です。
やぶ久は4代百有余年江戸前の伝統を守りながら創意工夫の精神を忘れることなく
そばを皆様に楽しんでいただいています(パンフレットより)。

③日比谷公園 松本楼 
2018.11明治ブログ⑮⑯
1903(明治36)年日本ではじめての洋式公園日比谷公園が誕生しました。
日比谷松本楼は銀座で食堂を経営していた小坂梅吉が東京市から落札しオープンしました。
日本に亡命していた孫文、インド独立活動家ボース、
夏目漱石、高村光太郎、松本清張なども客で彼らの作品に松本楼が登場しています。

④浅草 今半本店
2018.11明治ブログ⑰⑱
1895(明治28)年創業のすき焼き専門店今半は浅草新仲見世通りにあります。
永井荷風も今半を愛ししばしば訪れ作品にも登場しています。
関東は明治期の牛鍋を祖とし、牛脂ではなく油を薄くひき牛肉を焼き割り下を入れます。
私たちのすき焼きは牛脂をひき、肉を焼きながら砂糖、しょうゆをかけ割り下を使いません。
どちらも美味しいすき焼きでした。
2018.11明治ブログ⑲
一時衰退していた浅草がスカイツリー開業以来にぎわいをみせているそうです。

⑤鳥茶屋 
2018.11明治ブログ⑳㉑
大正時代には花街として栄えた神楽坂に鳥茶屋があります。
うどんすきが有名だそうですが平日のランチのみ親子丼(上右写真の左)があり、
2018.11明治ブログ㉒
11枚つづりの回数券があるほど人気です。
第1回全国丼グランプリ親子丼部門で金賞を取りました。

明治維新から150年、各旧邸宅で資料などが公開展示され
観光客の皆さんは興味津々で見ていました。
東京をバスでぐるりと巡る時間の旅で日本史を大いに楽しみました。

2018/12/6

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