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日本文化創造学科 2017年12月の記事一覧

日本文化創造学科


はじめまして、日本文化創造学科1年のヤマウラです。
先日の琵琶湖疏水フィールドワークのレポートです。

私は、琵琶湖疏水建設に携わった田邊朔郎さんについて調べました。
田邊朔郎さんってどんな人?という疑問に応えるべくまずはお顔を見てみましょう!

【写真1】

これは京都の蹴上にあるインクラインの線路の横に立つ、田邊朔郎の像です。
この横の石碑がありました。

【写真2】
写真の文章を要約すると、田邊朔郎さんは琵琶湖疏水の工事の計画、設計をした人です。当時は機械や資材が少なく、人力のみの工事は困難を極めましたが、卓抜な技術と信念で工事を仕上げました。

 

田邊は、琵琶湖疏水を完成させるために調査や製図、研究を行っていました。
今回は、そんな田邊も歩いたであろう琵琶湖疏水の道のりの景色を見てみたいと思います。

 

まずはインクラインです。
【写真3】
まっすぐ伸びゆく線路は、外国のものを使用しているそうです。どこかに英語でも書いていないものかと探してみましたが見当たらなかったので私には真偽がわかりませんでしたが、プロが見るとわかるそうです。
天候や少しですが紅葉にも恵まれ、秋の情緒が感じられる道のりでした。

 

次は南禅寺です。
【写真4】
門の上からの景色はやはり紅葉がきれいでした。階段がかなり急だったので登ろうと考えられている方は要注意です!

【写真5】
こちらの建物、実はこれも南禅寺の中にあるんです。神社の中にこのようなレンガの建物があるって不思議な感じがしますよね。私たちと同じ年頃だった田邊が論文を書いて、疏水を設計したと思うと、とても不思議な気持ちになりませんか?

 

最後に、琵琶湖疏水終点の散策。すると、少し面白いものを見つけました。
【写真6】
なんと!「田辺橋」という橋が!それくらい、琵琶湖疏水に貢献したすごい人物であるということがわかりますね。

 

最後に、田邊朔郎の座右の銘を紹介したいと思います。
「It is not how much was do, but how well. The will to do, the soul to date.」
意味は「多くのことをするのではなくいい仕事をする、成果を上げることが大切である。やり遂げる意思、あえて挑戦しようとする意思、精神が大切だ」。

この言葉を読んで、もう一度一番初めの彼の像を見てください。とても、まっすぐ前を向き、強い意思を感じることができると思いませんか?強い意思は、時に偉業を成し遂げる。そう私に教えてくれるような気がしました。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・琵琶湖疏水⑤】京都を活性化させた水路のはなし

2017/12/30

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こんにちは。水が大好きな日本文化創造学科のダム子です。
先日、観光フィールドワークの実習にて京都へ行ってきました!
当日はとってもいい天気で、良い観光日和でした(^^)ノ

 

写真①
写真②

 

私は「琵琶湖疏水」についてご紹介させていただきます!
琵琶湖疏水とは、滋賀県にある琵琶湖の水を京都まで引いた水路のことです。

写真③

 

明治維新によって都が東京に移ったことにより、衰退した京都を復興させるために、第三代京都府知事である北垣国道によって計画されました。
この工事は、当時の京都府予算の2倍とされる125万円の事業費で着工され、日本国内初の大土木事業となりました。この工事で起きた事故により亡くなった方々を慰霊する疏水工事殉職者弔魂碑もありました。

写真④

 

疏水公園の慰霊碑などを見ると、琵琶湖疏水計画に関わった多くの人々の苦労がわかりました…。
これらの水路は人々の手によって造られたものなんですよね。そう考えると、本当にすごいことだな、と思うようになります。
こうして、琵琶湖の水を引くことに成功した結果、京都では水力発電が導入され、電気鉄道も走り出し、活気が取り戻されたのです。
今回実習で回ったところでは至る所に水路があり、和の風景と同時に紅葉も見ることができて、涼しくて穏やかで、京都らしいまったりと楽しめました^^
皆さんもぜひ、訪れてみてくださいね!

写真⑤

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・琵琶湖疏水④】南禅寺三門に登った!!

2017/12/27

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こんにちは、日本文化創造学科のシェリーです。

 

先日の琵琶湖疏水フィールドワークのレポートです。私は、南禅寺の三門(「山門」と書くときもあります)について調べました。

 

写真1インスタ用

南禅寺の三門は、勅使門と仏殿(本殿)の中間に位置していて、五間三戸です。高さは約二十二メートルもあります。

 

室町時代初期、南禅寺に三門が初めて建設される際、南禅寺勢力の拡張を恐れた比叡山延暦寺らは反発して抗争に発展しました。その後も抗争は続き、一旦は造営中の三門は撤去され、応安5年(1372)にようやく完成しました。

 

その後、文安4年(1447)に焼失したため、現在の三門は、江戸時代の再建です。現在の三門が藤堂高虎の寄進であることは『本光国師日記』寛永3年(1626)4月2日条に記され、寛永5年9月15日に完成、落慶供養が営まれたそうです。

 

実際に登ってみると、眺めは最高でした!紅葉がきれいにあかく染まっていて、絶景でした!

 

 

写真2

 

ところで、三門に登る際にもらった入場券に、「歌舞伎『楼門五三桐』の石川五右衛門の話で有名である」というものがあり、先生に説明をしてもらったところ、「絶景かな、絶景かな」という有名なセリフがあるが、五右衛門が活躍した頃に三門は焼失して存在しなかったので、ここで本当に言ったわけではない。江戸時代に、五右衛門のイメージと立派な門とが重ねられて、そういう伝説が創作されたのだろうと教えてもらいました。

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・琵琶湖疏水③】南禅寺

2017/12/22

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FMラジオエレガンストーク12月は、南天先生のイラストレーション演習の授業のお話でした。
日本文化創造学科でのイラストレーションの授業は、高校までの美術の授業でやってきた「目の前にあるもの・実際にあるもの」を描く写生や風景画とは違う、創作画の授業です。

001

授業でどんなことをやったのか思い出しながら、しっかり台本を作って学校で練習をして、スタジオで本番前の打ち合わせを行います。

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この日は近くの高校生が作ったクリスマスイベント用飾りつけ(竹の半球ドーム。翌日から点灯)が置いてあるところでの放送となりました。

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打ち合わせ後、上手に喋れるようにスタジオの外でも練習!

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南天先生に見守っていただきながらの放送です。

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放送はラジオですが、北千里の駅前のディスプレイでは、放送中のスタジオの様子が見られます。

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出演してくれたのは、イラストレーション演習1、2、3、4の授業を全部受けている学生で、それぞれの授業で提出してきた作品のことを、楽しくお話してくれました。

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緊張したり、つっかえてしまったところもありましたが、終始ほんわかしたムードで、無事に放送終了。

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放送の前後に流れていた音楽が、BLEACHや鋼の錬金術師だったのは、授業の雰囲気に合わせてくれていたんでしょうか。

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お疲れさまでした~v

<by 星香>


 

2017/12/20

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こんにちは、「南禅寺」担当、日本文化創造学科の藤子です。

 

南禅寺は、鎌倉時代末に創建され、室町幕府3代将軍の足利義満さんにより「五山十刹」(禅寺のランク付け)で、別格と定められたお寺として知られています。そう、他の禅寺とは「格が違うのだよ(`^´) ドヤッ!」、と言えるほどの最高位の寺格を誇っていたのです。ですが、当初の建物は、最近話題の「応仁の乱」で燃えてしまいました(ノД`)

 

その後、豊臣秀頼さんや徳川家康さんの尽力で徐々に復興が進められました゚+。:.゚ヽ(`・皿・´)v復活 ゚+。:.゚

 

今回のフィールドワークは、琵琶湖疏水がテーマなので、法堂や方丈には行きませんでしたが、インクラインの高低差を体感するため、江戸時代初期に再建された三門を登りました。
階段は急で、昔の人は「どんな足の長さしとんねん」と思うほど、一段一段が高かったです。
門の上から見る紅葉が映えて、すごく眺めがよかったです。

 

写真1

 (写真は、三門の上から法堂を撮影したもの)

 

三門の中には、再建に尽力した藤堂高虎や徳川家康の像が安置されていました。
暗くてあまりよくは見えなかったですが…(笑)

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・琵琶湖疏水②】きれいな成勝寺

2017/12/16

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こんにちは、日本文化創造学科のふくしまです。
私が調べた場所は、岡崎の成勝寺です!
「じょうしょうじ」と読みます。

 

成勝寺は、崇徳天皇の御願いで創られたお寺です。
崇徳天皇、知っていますか?
父親問題で悩まされ、保元の乱を引き起こすなど、波乱だらけの人生を送った方です。
その最期は、流された先の讃岐国(現在の香川県)でした。

 

当時、流刑は大変重い罪でしたから、天皇に一度でもなった方が流され、都以外で亡くなる事は異例でした。無念のうちに亡くなったのだと思います。
崇徳天皇は亡くなってからも、怨霊として登場し、恐れられていました。
そのため、成勝寺では崇徳天皇の魂を祀る案も出たことがあります。

 

成勝寺は「勝」という字が入っていますが、他にも「勝」と付いた寺がありました。
その数なんと、成勝寺も入れて6つ!6つ合わせて六勝寺といいます。
「成勝寺」「法勝寺」「尊勝寺」「最勝寺」「円勝寺」「延勝寺」。この6つの寺が六勝寺と呼ばれています。

 

 

まぁ全部無くなってますけどね!!

 

ここまで読んだ方は、成勝寺が現在も寺として存在していると、思い込んでいたのではないでしょうか?
残念! 跡地を示す石標しかありません!

写真①

 

小さな公園の、伸び放題の生垣の中にたたずむ石標を見てください。目を瞑ると成勝寺の姿が……見え……見え………………ない……。
石標は、新しく見えます。この場所が跡地だと分かったのは、最近だったのでしょう。

……。

以上、きれいな成勝寺跡地の石標でした!

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・琵琶湖疏水①】今は無き塔の上

2017/12/14

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みなさん、こんにちは。日本文化創造学科のヨシムラです。
先日、観光フィールドワークの授業で、京都の蹴上に行ってきました。

 

今回は授業が始まって第1回目のフィールドワークということもあり、みんなとてもはりきっていました!

 

いよいよ当日、蹴上駅からスタートしたのですが、改札から外に出るまでに人がたくさん…私たちが行った時期は、紅葉が綺麗で(散り始めていましたが…)、観光客の方たちが多かったようです。

 

まず向かったのは、琵琶湖疏水の「インクライン」。
緩やかな坂になっているので、行きに下り坂として使っていただくのがオススメです。
紅葉もきれいでした!!

 

写真②

 

 

次に、「南禅寺」。
こちらも紅葉が綺麗で観光客でにぎわっていました。
もし、お車で行かれる際は、駐車場の確保が難しいかもしれないので、あらかじめ探しておくといいかもしれませんね…(苦笑)

写真④

 

 

最後に、私が調査を担当した「法勝寺八角九重塔」。
この塔は、現在していないものの、平安時代に創建された時点では、日本で最も高い塔だったそうです。約80メートルあったと考えられています。
その塔の跡地には、「京都市動物園」ができています。ちょうど観覧車が建っている場所に塔があったそうです。動物が苦手な方でも遠くから観覧車は確認できるのでご安心を!

写真⑤

写真⑥

 

次は、どこへ向かうのかな~♪次の方のブログをお楽しみに。

 

インスタ用

2017/12/11

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