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食文化学科 2018年05月の記事一覧

食文化学科


みなさま、こんにちは、関野です。 
「大連アカシア祭り」、アカシアのお花見に中国大連に行きました。
アカシア祭りは戦前の大連の日本人の祭りで中国人の祭りではなかったそうです。

1)アカシアの街大連
2018.5 大連アカシア祭り①
マメ科のアカシアは5月中旬から下旬に房状の白い花を咲かせ
甘い、爽やかな香りを周りに漂わせていました。
昔は花を餃子やスープの具材など何にでも入れて食べていたそうです。
実際に食べてみました、花の根元が少し甘く食べやすかったです。

アカシアの蜂蜜は日本では一番の人気物。
大連でアカシアの樹が多いのは戦前に日本人が植えた説と
原産地が中国北部で自生していたアカシアを、
街路樹として街づくりに利用した2説があるそうです。

20年ほど前の台風でアカシアの樹が倒れたため、
街路樹はプラタナスに代わりプラタナスもたくさんありました。
また、街灯はアカシアの花の形でかわいいです。

2)食文化
2018.5 大連アカシア祭り②
大連はサクランボ産地で大盛に積まれ自由市場で売られていました。
あっさり味で何個でも食べることができました、安価です。
2018.5 大連アカシア祭り③
タニシも大連名物でそこかしこで売られていました。
蒸し器でしっかり蒸され赤唐辛子で調味されています。
タニシには寄生虫がいるので充分な加熱が必須。
2018.5 大連アカシア祭り④
わらび餅のようなメンズと呼ばれる芋デンプンを使った団子。
ニンニク、ネギ、パクチーを入れゴマダレを掛けて食べます。
この団子も大連名物でよく売れていました。
小カップに入れて5元(90円位)、美味しかったです。

3)SAでの充電スタンド 
2018.5 大連アカシア祭り⑤
電気自動車用の充電スタンドが高速道路のサービスエリアにありました。
習近平主席は電気自動車の導入を推進、
2017年の販売台数も65万台と世界最多だそうです。

この試みは環境に優しく、中国全土に青空を取り戻すことを呼び掛けています。
中国の街中は何年か後には電気自動車だけが走っているのでしょうか。

4)北前船寄港地フォーラム
大連国際空港到着口で、私の興味のある北前船のプラカードに遭遇しました。
700人ほどの日本人でごった返し、ビックリしました。
2018.5 大連アカシア祭り⑥
帰国後調べてみると
北海道と本州の交易を支えた北前船ゆかりの地を中心に交流する
「北前船寄港地フォーラム」が、中国遼寧省大連市で開かれた。
23回目で、海外での開催は初めて。
交流を促進し、中国からの観光客拡大を狙う(山陽新聞より)。

大連は日露戦争後の1905年、ポーツマス条約でロシアから日本に租借権が譲渡され、
日本は貿易都市として大連を発展させるため
鉄道、道路、レンガなどの建物を作りインフラを整備。

これらのものが現在も一部有効利用され残されていました。
今回のツアーでは満州鉄道病院で産声を上げた方や
満鉄で働いていた方の親戚などが参加されていて
満鉄の資料館などで資料を感慨深くご覧になっていました。

関空から飛行機で2時間半ぐらいの距離にあり、
アカシアの花とともに、大連と日本のつながりを体験してみてください。

2018/5/30

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みなさん、こんにちは。
ちょっと遅くなってしまいましたが、食文化学会企画のもとで、
4月6日に開催した新入生歓迎会について報告させていただきます。

今回は新2回生の学会役員が中心となり、
交流企画からお弁当のセレクトにいたるまで
準備させていただきました。

食文化学科では、調理実習で班員と協力し、
一つの料理を仕上げます。
そこで、一つの料理を団結して作る大変さを体験してもらいたい想いから、
クッキーアートに挑戦してもらいました。

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『食』をテーマに作ってもらったクッキーアートがこちらです。
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どの作品も個性が輝いて、企画した私たちも、
新入生の発想に終始驚きました。

新入生の皆さん
今回の歓迎会で少しでも食文化学科の雰囲気を掴んでいただけたら
光栄です。

食文化学会では、食に関する方による講演会や、文化祭での出店、
食文化を追求できるようなイベントを学生中心に企画します。

受け身にならず、積極的に参加していただけると嬉しいです。
また、皆さんが困った際には、いつでも上級生に声をかけてください。

勉学のことや、教職のこと、恋愛、対人関係など、
どんなことでも相談に乗ります。

充実した学生生活を送ってくださいね!!!!!

2018/5/15

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みなさま、こんにちは、関野です。

知多半島、渥美半島と名古屋方面へ食文化を訪ねた、第2弾です。
*****

2)渥美半島 伊良湖やしの実博物館
2018.5 ブログ愛知県食文化⑤
上写真の一面の温室は渥美半島にあります。
渥美半島は暖かくイチゴ・メロン・花卉などが温室で作られています。
イチゴ狩り、メロン狩りもあちこちにありました。
2018.5 ブログ愛知県食文化⑥
キャベツの産地で収穫時期を迎えています、
今年は豊作で悲しいことに収穫されずに、花を咲かせているキャベツ畑がたくさんありました。
2018.5 ブログ愛知県食文化⑦

伊良湖にある「やしの実博物館」です。
ヤシをテーマにした博物館はここだけだそうです。
上写真は伊良湖海岸に流れ着いたヤシの実。

明治31年の夏、ここに1か月ほど滞在した柳田国男が親友島崎藤村に
伊良湖に流れ着いたヤシの実の話をしたそうです。
それが「名も知らぬ遠き島より・・ヤシの実ひとつ・・・」の有名な歌になりました。

3)岡崎市 八丁味噌の郷
2018.5 ブログ愛知県食文化⑧
渥美半島の入り口にある岡崎市の「八丁味噌の郷」を見学しました。
大豆と塩のみを原料に杉桶に仕込みます。

この桶(上写真)は6丁桶と呼ばれ、
6トンの味噌が入り2夏2冬天然熟成させるそうです。
桶は杉の木から作られ重石として3トンの川石が職人の手作業で載せられています、
写真のように載せるには5年の修業がいるそうです。

6トンの味噌は30万杯の味噌汁になるそうです。
この地方は良質の大豆(矢作大豆)、花こう岩質の地盤からの天然水と
水運による吉良地方からの塩と、三拍子そろった立地条件に恵まれ
味噌づくりが盛んになりました(パンフレットより)。
2018.5 ブログ愛知県食文化⑨

上写真は八丁味噌の郷、カクキュー(株)。
八丁味噌は岡崎城から西へ8丁(約900m)の距離にある
八丁村(現八帖町)の味噌蔵で作ったので八丁味噌と呼ぶ豆味噌のこと。

4)名古屋市 ノリタケの森、横山美術館
2018.5 ブログ愛知県食文化⑩
ノリタケの森にあるミュージアムに行き、
喫茶学演習で使うカップ&ソーサーのメーカーノリタケの歴史を楽しみました。

上写真左は森村兄弟、右は明治から戦前までに欧米に輸出した陶磁器オールドノリタケ。
幕末、御用商人の森村市左衛門は鎖国が終わった日本から大量の金が
海外へ流失しているのを憂い福沢諭吉に相談をしました。

諭吉は輸出貿易で外貨を獲得することが必要だと市左衛門に助言。
そこで1876(明治9)年銀座に貿易商社「森村組」を創業。   
最初の輸出貿易は日本の骨董、雑貨でしたが、
陶磁器の将来性を確信し、陶磁器の生産を試行錯誤の末に始め
その場所がここ名古屋の則武(のりたけ)。

横山美術館はノリタケの森近くにあり、個人が作った美術館。
明治・大正時代に制作、輸出された里帰り陶磁器を収集し展示。

各企業は博物館などを作り伝統的なものを残しながら
各分野の発展に寄与していることを実感しました。
学校で学んだことを実体験できるのも食文化のよさですね。

2018/5/10

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みなさま、こんにちは、関野です。

知多半島、渥美半島と名古屋方面へ、食文化を訪ねて660kmほどドライブしました。
2018.5 ブログ愛知県食文化①
名古屋名物味噌カツ定食で味噌は八丁味噌で美味しかったです。
2018.5 ブログ愛知県食文化②
5月で菖蒲が飾られていました。

1) 知多半島 半田市ミツカン酢の博物館
2018.5 ブログ愛知県食文化③

上写真はミツカン酢の博物館(MMはミツカンミュージアムから)。
知多半島は江戸時代から酒造りをし、味噌・醤油・酢などの醸造品も造りました。

ミツカン酢創業家中埜(なかの)家も酒造りをし、その酒粕の有効利用で酢造りを始めました。
江戸まで酢などを運んだ弁才船(べんざいせん)も展示されていました。

19世紀初頭江戸で今の握りずしの原型「早ずし」が誕生し、早ずしに合う酢を販売。
これまでの米酢より、安価で甘味と旨味のある酒粕の粕酢が大流行になり
ミツカン酢は大儲けしました。

半田運河周辺は江戸時代から造られている酢のかおりが漂い、
環境省の「かおり風景100選」に選ばれています(ホームページより)。
2018.5 ブログ愛知県食文化④

半田運河がこの土手の向こうにあります。
ミツカン酢のマークが入った黒蔵がたくさん目に入ります。

この運河は知多半島最大の阿久比川に平行して流れる運河。
暴風雨・大洪水の時、阿久比川の濁流は下流の半田まで襲いました。

大水害で海への排水が問題となり、
中流で天井川になる阿久比川の排水路として運河は作られたそうです。
特に1959年の伊勢湾台風を契機に近代的に整備されました。

江戸時代海運業、酒や酢などの醸造業で栄えた運河沿いに
黒壁の蔵が並ぶ風景を求めて観光客がやってきます。
ここは江戸の食卓と寿司ブームを支えた醸造の中心地。
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つづく

2018/5/10

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