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日本文化創造学科 2019年01月の記事一覧

日本文化創造学科


日本文化創造学会で、昨年12月に講演をしていただいた
卒業生の今西さんから、節分祭の藤森太鼓奉納の案内が届きました。

 【節分祭】
 2月3日(日)
・18時より、藤森太鼓奉納
 曲:藤まつり 屋台囃子 藤森 紫陽花 族 宵宮
・18時30分より、雅楽・舞楽奉納
・20時より、追儺式 (鬼の登場、豆まき)
(終日、甘酒の無料接待があります)

2016

(2016年 節分祭)

今回は14人による演奏になるそうです。

107

藤森神社は京阪墨染駅下車徒歩7分、JR藤森駅下車徒歩5分です。
寒さ対策をしてぜひお出かけください。

 

2019/1/29

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こんにちは。
日本文化創造学科のカマボコです。

 

先日、観光フィールドワークの実習にて、清水坂を訪れ、鳥辺野(鳥部野とも)を歩きました。
写真①

鳥辺野はタイトルにもあるように、京都三大葬地のひとつとされています。
写真でお察しの通り、墓地です。
平安京が開都されてから葬送地として利用されており、清少納言が仕えた一条天皇の皇后定子のような貴人から庶民まで、多くの人が葬られてきました。
写真②

江戸中期まで、庶民の墓には墓石を置く習慣がなく、せいぜい卒塔婆程度であったようで、古代末期から近世初期の鳥辺野の景観は殺風景なものだったそうです。
どれほど当時の鳥辺野が殺風景なものだったかは、広大なこの地に一度足を運んで体感していただければと思います。

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂⑩】清水焼

2019/1/29

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こんにちは!日本文化創造学科のもみあげです☆

 

今回は日本文化創造学科「観光フィールドワークの学外実習」についての報告です。
先日、「京都清水坂の光と影-清水寺と鳥辺野-」と題して、京都の清水五条周辺の地域を訪れました!この日は休日だったので京都はいつにも増して人が多くにぎやかでした。

その中で、私たちは清水坂にある清水焼を販売している店舗をみてきました。この写真のようにたくさんの焼き物があり、かわいい物から龍のようなカッコいい物まで様々でした。
写真1

 

清水焼は、「京焼」の中に含まれる陶磁器のひとつで、色釉が厚く盛り上げられて、草花文様や自然の風物のデザインが多く、お茶わんや湯飲みなど日常的に使われています。

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂⑨】地主神社

2019/1/29

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写真①
みなさん、こんにちは!。・∀・)ノ゛
日本文化創造学科三年生の春名と由井です!

 

先日、私たちは観光フィールドワークの演習で京都を旅してきました。
私たちが調査を担当した場所は、『地主神社』です。

清水寺の境内奥にある地主神社は、もとは清水寺の地主神としてまつられていました。ところが、明治時代の神仏分離令以後、「大国主命(オオクニヌシノミコト)」をまつるようになり、現在では、『古事記』で有名な白兎と大国主命の神話から、縁結びの神社として恋愛成就を祈る参拝客でにぎわっています。

写真②
写真③

階段を登るとさっそく大国主命と白兎の石像が出迎えてくれました♪

 

そして、本殿前には恋占いの石というものが設置されています。
写真⑤

実は、この恋占いの石は、片方の石から反対側の石に目を閉じて歩き、無事たどりつくことができると恋の願いがかなうと伝わる“願掛け”の石だということで有名です。(先生によると、江戸時代までは、目を閉じて歩くと決してたどりつかない石として知られていたそうです)。
今では、一度でたどりつければ恋の成就も早く、二度三度となると恋の成就も遅れ、また人にアドバイスを受けた時には人の助けを借りて恋が成就するという言い伝えがあるそうで…。
わたしたちも興味があったのですが…人がいっぱいでチャレンジできませんでした。次こそは挑戦できますように!

 

敷地内には大きくてかわいい白兎のぬいぐるみも展示されていました!わたしたちもうさぎさんと一緒に写真を撮りました!

 

もちろん縁結びの神社なだけあって、恋みくじもありますよ!
恋愛運が上がることを祈りながら、わたしたちもおみくじを引きました…結果はヒミツにしておきます!笑笑

 

地主神社の本殿・拝殿・総門は、重要文化財に指定されています。
古来から春には桜の名所として賑わったことでも知られています。
そんな魅力溢れる地主神社に、みなさんも是非お参りにきてみてくださいね!

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂⑧】清水寺(建物編)

2019/1/22

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こんにちは!
日本文化創造学科2回生の、さくらんぼとりんごです。
「観光フィールドワーク」の授業で、京都清水寺周辺に行ってきました。

 

私たちは清水寺の建物について調べてきました。以下、簡単に本堂について説明します。

IMG_0733

清水寺は何度も火事にあい、再建されてきました。
現在の本堂は徳川家光の寄進により1633年に再建されたものです。
本堂の構造は寄棟造で、屋根は檜皮葺です。清水の舞台は、本堂の付属建築物で、崖縁に長い柱を立て内側から張り出す床を支えています。
2017年2月から行われている工事は屋根の檜皮替えで、約50年ぶりだそうです。
工事中でも参拝できるので、京都に行く際ぜひご覧ください。

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂⑦】清水寺の歴史

2019/1/21

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こんにちは!日本文化創造学科の加藤と田中です。
先日、観光フィールドワークで京都の清水坂に行ってきました。
私たちは清水寺の歴史について調べたので、その歴史と実際に行ってみた感想などを簡単に書かせていただきます!

IMG_0710

 

清水寺は、京都市東山区清水一丁目にあり、現在は法相宗の寺院です。
坂上田村麻呂と妻の三善高子によって堂舎が建てられたとされます。

 

実は、清水寺は10度を超える大火災にあっています。
それは法相宗と天台宗の宗派の違いから、隣接する天台宗末の祇園社や清閑寺との間で境をめぐって争いが起こっていたからです。
しかし、火災で焼失する度に、清水寺は篤い信仰によって何度も再建されてきました。

 

清水寺の外見ですが、2008年から2019年まで改修工事が行われているため、本来の姿を見ることはできませんでした。
とはいえ、それ以上に、「改修工事中の清水寺」という光景を見ることができるのはとても貴重で珍しいことなので、皆さんもこの機会にぜひ行ってみてください!

 

IMG_0716

(写真は、本堂内部から撮影した工事の状況)

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!!
以上、加藤と田中でした~♪

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂⑥】六道珍皇寺と小野篁

2019/1/21

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こんにちは!日本文化創造学科の岡崎、高畠です。

先日、観光フィールドワークで清水坂を散策しました。
今回、私達が調査を担当したのは「六道珍皇寺」です。
【写真①】
【写真②】

 

六道珍皇寺はかつて、この世とあの世の境界とされていました。
「六道」とは地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上界の六つの世界のことを指しており、仏教では人間は死後この六道を輪廻転生すると考えられています。

特に六道珍皇寺と関わりが深かったのが小野篁という人物です。
彼は嵯峨天皇に仕えていた平安時代初期の官僚でしたが、夜間は閻魔庁に勤めていたという伝説があり、閻魔王宮の役人とも言われていました。

 

六道珍皇寺の本堂裏にある庭内には、小野篁がこの世とあの世と行き来するために使用したという井戸が残されています。普段は非公開なのですが、フィールドワークの当日はちょうど特別公開日にあたったので、中をじっくり見学することができ、冥土通いの井戸・黄泉がえりの井戸をみることができました!(写真はInstagramを参照)

 

また、毎年8月7~10日には「六道まいり」が行われ、盆に帰ってくる精霊をこの世に迎え入れるとされる鐘「迎え鐘」を撞こうと多くの人が訪れます。

 

とても緊張感のあるお寺でした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました^^

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂⑤】六波羅探題跡を見て

2019/1/17

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こんにちは、日本文化創造学科2年のカワバタとパンダです。
先日、観光フィールドワークの実習で清水坂に行ってきました。

私たちは「六波羅探題」について調べました。
六波羅探題とは、鎌倉幕府が京都に設置した機関で、洛中警護や、西国に関する裁判、朝廷との交渉などを職務としました。
六波羅探題の起源は、承久の乱の際に幕府軍を率いて京都に行った北条泰時と時房がそのまま都にとどまり、六波羅の北・南の館に駐留し、乱後の処理に当たったことだとされています。
鎌倉幕府が滅びた際、六波羅探題の責任者だった南方の北条時益が戦死し、北方の北条仲時以下も自害したため、同時に滅亡に至りました。

 

現在、六波羅探題の面影を感じることができるものが六波羅密寺内にあります。
写真①

六波羅密寺の門を入った右手側に、六波羅探題跡の石碑が建てられています。

写真②
小さな石碑なので、気づかずに通り過ぎてしまう方が多いのではないかと思います。
私たちもなかなか気づくことができなかったのですが、見つけられた時はとても嬉しかったです。ぜひ、探してみてください。

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂④】平清盛像をみました♬

2019/1/12

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こんにちは!
日本文化創造学科の中島、趙です\(^▽^)/

11月4日、フィールドワークの授業で京都の清水坂周辺をまわってきました!
私たちは六波羅蜜寺の平清盛像について調べ、実際に見てきました。

写真①

 

平清盛(1118~1181)といえば、平安時代末期を生きた人物で、平家政権を開き、権力を握った人物として知られています。

 

六波羅蜜寺に展示されている「平清盛像」は、重要文化財となっています。
この像は、経巻を手にした姿をしており、平家一門の武士としての命運が長く続くことを祈願するために、血をほんの少し混ぜた朱墨で写経を行った時のものだそうです。六波羅には、平家の邸宅があったため、六波羅蜜寺に清盛像が置かれているのだと思われます。

 

写真②

ほかにも、数々の木像彫刻が保管されています。実際に見てみると、とても迫力がありました。
展示されている像は撮影禁止となっていますが、当日は学芸員さんの説明を聞きながら、近くで実際に見ることができました。

 

ここまで、読んでくれてありがとうございました!
ぜひ京都に行った際は、見に行ってみてください♪

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂③】南無阿弥陀仏と空也上人像

2019/1/10

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こんにちは!
日本文化創造学科3年生の玉田と永倉です。

 

先日、観光フィールドワークへ清水坂周辺を歩いてきました!
今回は、私たちが担当して調べた「空也上人像《六波羅蜜寺蔵》」について紹介していきます。
空也上人は世の中に「南無阿弥陀仏」の念仏を説いて広め、「阿弥陀聖(あみだひじり)」「市聖(いちのひじり)」と呼ばれた偉大な僧です。

写真1
上の写真は空也上人像が納められている六波羅蜜寺です。
到着した私たちは本堂を抜けて、宝物館の見学をしました。
宝物館には、重要文化財を含むたくさんの仏像が大切に保管されており、見学することができます。

 

こちらが空也上人像です。

写真2
(画像)『空也上人像(六波羅蜜寺蔵)』:石井義長『空也 我が国の念仏の祖師と申すべし』(ミネルヴァ書房、2009年)より引用

 

空也上人像は大仏師運慶の四男である康勝の作で、その瞳には水晶が使用されており、近くでみると輝いているのがわかります。腕には血管の筋が精巧に再現されているなど、卓越した技術を垣間見ることができました。学芸員さんが、鎌倉時代の最高傑作と言われているとおっしゃっていましたが、納得です!

 

口から吐き出されている小阿弥陀仏像も間近で見られて大満足でした~。
皆さんも是非、六波羅蜜寺の宝物館を訪れた際には注目して見学してみてくださいね~!

 

【日本文化創造学科フィールドワーク・清水坂②】六波羅蜜寺を訪れて

2019/1/9

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