【日本文化創造学科フィールドワーク・大津①】三井寺(園城寺)の歴史

こんにちは!日本文化創造学科の阪口・竹内です。

先日、観光フィールドワークで三井寺に行ってきました。
私たちは、三井寺の歴史について調べたので紹介します!

三井寺は、天台宗寺門派という宗派の総本山であり、長等山園城寺ともいいます。

智証大師円珍の死後、円珍門下は比叡山を下り一斉に三井寺に入りました。この時から延暦寺を山門、三井寺を寺門と称し天台宗は二分されました。

因みに、この寺門・山門の抗争は天台内部の争いに止まらず、中央の政治情勢からも大きな影響をうけ、その後、三井寺は何度も焼き討ちの被害に遭います。心配になるほどです。

実際に行ってみて、特別公開されていた重要文化財の「黄不動尊立像」や「護法善神立像」を間近で細部まで見ることが出来たのは大変貴重な体験でした!他にも弁慶が蹴落としたとされる鐘など、興味を惹かれるもので溢れていました!