【日本文化学科】天満で大阪食文化の歴史を探りました②

天満フィールドワーク報告の続きです。

天満青物市場跡のある南天満公園で休憩した後、いよいよ天満の中心ともいえる天神橋筋商店街の散策が始まりました!

 
                  〈天神橋筋商店街〉
“日本一長い商店街”の異名を誇る全長2.6kmの商店街です。1丁目から6丁目までありますが、注意深く歩いていると、それぞれに特徴があることが分かり、天満という街が現代にかけて発展していく様子を体感することができます。

  

 
               〈与力・同心町と大塩平八郎の墓所〉
一本だけ筋を変えると、賑やかな商店街とは対照的に閑静な住宅街が現れます。かつてこの場所には、街の治安維持を仕事としていた「与力」「同心」と呼ばれる人々の家が立ち並んでおり、それが現在の与力・同心町の地名となりました。その中にひっそりと佇む成正寺(じょうしょうじ)には、与力・同心を束ねていた大塩平八郎の墓所があります。

 
                〈天満市場とちょうちん通り〉
商店街を5丁目まで進むと、ひときわ賑わっている“ちょうちん通り”へと出ます。この地には、先述した天満青物市場の跡を受ける形で開かれた天満市場(ぷららてんま)があり、近隣の飲食店の経営を支えています。
ちょうちん通りでお店を営む村井音々さんに、ちょうちん通りや市場についてのお話をうかがうことができました。

今では大阪を代表する飲食街として知られる天満ですが、その歴史は古代にまで遡り、実に1000年以上もの長きにわたって大阪の経済と物流の中心地として栄えました。
普段は見過ごしがちな「身近な歴史」を訪ね歩くことで、大阪が日本最大の商業の街と呼ばれるようになった歴史的背景と意義について理解を深めました!


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