食文化・北前船の旅①

みなさま、こんにちは、関野です。
夏休みいかがお過ごしですか。
私は北海道、東北にのこる北前船の足跡を訪ねました。

1)北海道
①泊村 鰊御殿とまり

網元は商人に酒をすすめながらニシンの取引を鰊御殿でしていました。
取引は加工品が中心で大半は「しめ粕」などの肥料として全国に出荷。

しめ粕は魚肥の一種でニシンなどの生魚を蒸した後、搾油乾燥したもので
窒素質肥料として使っていましたが化学肥料の出現と魚不足から今は利用していません。
泊村にニシンが来なくなった理由が掲示されていました。

・温暖化;今や地球規模の問題。
・乱獲;ニシンの捕獲量の多さが各地の北前船資料館の写真で伝わります。
・森林の伐採;北海道の開拓で森をつぶし、海の砂漠化でニシンの産卵場の海藻の減少と
 エサのプランクトンの減少。

資料がまとめられ見やすい資料館です。
泊村では平成20年からニシンの稚魚を30万t放流しニシンの復活を目指しているそうです。


②根室 金刀比羅神社

淡路島出身の髙田屋嘉兵衛は弟たちと回漕業を起こし、
淡路島から箱館へ渡り西廻航路北前船の事業を展開し
箱館の豪商として箱館繁栄の基礎を築きました。

彼らは幕府から依頼され北方領土および根室地方の開拓にも尽力しました。
根室金刀比羅神社は高田屋嘉兵衛が1806年に航海の安全を祈願して創建。
ここに住民の手で銅像が建てられていました。


③おだいとう道の駅

北方展望塔展示室があり北方領土の歴史や返還に向けた取り組みが展示されていました。
その中で高田屋嘉兵衛の紹介がありました(右下が高田屋嘉兵衛)。
 

④小平(おびら)町 旧花田家番屋

上写真は1905年頃に網元の花田家が建てた二階建て家屋で、
道内で現存する番屋では最大の規模。
番屋とは漁民が漁場近くの海岸線に建てる作業場兼宿泊所のことで
鰊御殿も番屋の一種。

上写真は花田家の内部で漁師・船大工・鍛冶職人・屋根職人など
雇人200人ほどが住む大鰊魚家。
解放されている家の中を貴重な資料を見ながら
ひと回りするのが楽しかった。
また、花田家は断絶しているため花田家についての情報を集めていました。
 

⑤北海道博物館
1971年北海道開拓記念館として建てられ、
2015年開拓記念館とアイヌ民族文化研究センターとが統合して
新たに北海道博物館として開館。

北海道150年行事として北海道命名者松浦武四郎(1818~1888年)特別展をしていました。
彼は探検家で蝦夷地を探査し北海道と言う名前を考案したそうで
ナカナカの人物です。

上写真は館内で展示されているアイヌ民族から和人への交易品で昆布、ニシンなど。

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つづく