妖怪のしわざです

少し前になりますが、10月9日に、あべのハルカスの美術館で開催されていました『大妖怪展』を、ゼミの授業の一環として見学してきました。

なかなかの盛況でして、老若男女で会場は随分賑わっていました。妖怪に対する関心が思いの外高いんですね。コンセプトが「土偶から妖怪ウォッチ」ということでして、「国宝、重文が続々と!」なんていうふれこみもあったことも一役買っていたようです。

 

渡邊ゼミでは中心的なテーマの一つとして「人と動物の関係を心理学的に研究しよう!楽しもう!」ということを掲げているわけなんですが、妖怪には動物をモチーフにしたり原型としているものが結構います。名前のついているものから無名のものまで、またその元の動物の性質が色濃く残っているものからほとんど原型をとどめていないものまで。そういう視点で昔の絵画や巻物を見てみるとまた違った面白さが出て来ます。

今回は「日本人の動物観」や「日本人が動物とどう関わってきたか」という点について、妖怪という切り口で考察してみようという試みでした。

 

残念ながら、御多分に洩れず館内は殆ど撮影禁止でしたので、レプリカやチケットぐらいしか写真はないのですが、館内にはとても興味深い作品が展示されていました。

私個人が感じたことや新しく気づいたことはここでは全て書ききれませんので、一つだけ簡単に紹介いたしますと、今回僕が注目したのは描かれた妖怪たちの「爪」でした。爪というとネコ科の動物に代表されるように、非常に殺傷能力の高い“武器”です。日本には今も昔も野生のトラやライオンはいませんが、それでも猫の爪というのはなかなか恐ろしいものです。

動物にとっても大きな特徴となる爪。それが妖怪になると物凄く長くなるんですね。そして長いだけではなく、さらに鋭くなることで見ようによっては人間の手のようにも見えます。爪をおどろおどろしくすることで人間的な要素がそこに加わってくると言えるかもしれません。だから長く鋭くなっても、恐怖というよりもなにか“愛嬌”みたいなものが出てくるんですね。少なくとも私にはそう感じられました。不思議です。

実は妖怪たちの顔つきもそうなんですが、昔の妖怪は恐ろしいようでどこか可愛らしい感じがするんです。それが動物の妖怪となるとなおさらです。まぁ、妖怪ウォッチに出てくる妖怪たちはみんな「可愛い」だけですけどね。

 

私たちのご先祖は、身近にいた動物に「怪しさ」を見てとり、それが自分たちの生活を穏やかざるものにしてしまう原因だと考えていたのだろうと言われています。しかしそれを「悲観的なもの」として終わらせるのではなく、どこかコミカルな要素を入れることで厳しさを和らげていたようなのです。もしくは恨みつらみを紛らわせていたのでしょう。この所感は、ゼミの学生の一人が事前に行ってくれたオリエンテーションがあったから感じられたものだと思います。

 

十人十色、見る人によって注目するポイントは違って面白いと思います。

 

ちなみにお土産としてガチャガチャした海洋堂の妖怪フィギュアは、帰宅して早速子どもたちによって紛失されました!ショック!!どこにいったか皆目見当がつきません。これはきっと“もののけの仕業”ですね。