【日本文化創造学科フィールドワーク・中之島②】大坂の理系学問を担った塾

こんにちは、日本文化創造学科3年のしめじです。

先月20日(日)、歴史文化フィールドワークの授業で、大阪中之島を歩き回りました。
今回は、幕末の蘭学を支えた「適塾」について、私が調査したことを書こうと思います。


適塾は、「適々斎塾」とも呼ばれます。近世の蘭学者、緒方洪庵が開いた塾です。
上の写真は適塾の隣に建てられている緒方洪庵の像です。
「蘭学」というのは、鎖国をしていた日本との貿易を許されたオランダから入ってきた医学や天文学、暦学などのことを指します。適塾ではヅーフ辞書という蘭和辞典を使ってこれらを学問を学んでいたようです。

これが適塾の外観です。
中に入るとわかるのですが、天井が低かったり、階段が急だったり……。
塾生が落ちるようなこともあったかもしれません。

この場所で、幕末や維新で活躍した福沢諭吉や大村益次郎たちが学んだと思うと感慨深いものがありますね。

建物の中は、現在管理している大阪大学の許可がないと撮影出来ないので、気になる方は是非、直接足を運んでみてください。